じいちゃんの葬儀
今週頭に祖父が亡くなり、ここ数日は親戚総出で葬儀の準備、そして通夜・葬儀でした。
この数年はちょっとボケてしまったり、ここ最近は家に帰っても少し元気がなかったので心配はしていたのですが、月曜日夜に容態が急変し僕もすぐに高速で実家の長野に向かったのですが残念ながら死に目には間に合いませんでした。
じいちゃんは元々学校の先生だったということもあり、地元では先生先生と呼ばれて地域でも区長や様々な役職をこなし、まあちょいと有名なじいちゃんだったので葬儀はやはり沢山の人が来ました。
周りからは先生先生と呼ばれて外面は良かったのですが、まあ家に帰ってくると頑固なジジイでじいちゃんの孫も僕含め10人ひ孫合わせて18人くらいいますが、内孫の僕は度々じいちゃんと衝突し孫の中では最もケンカをした孫でした。
ただ、一緒に住んでいたせいかじいちゃんに似てしまうも多く、一つは行動力でじいちゃんはホント行動力が凄くて悪く言えば無鉄砲で僕が21の時に警察に捕まるような事をした事があり、当時大阪に住んでいたのですがじいちゃんは親父とお袋にも言わずに突然大阪まで来て警察に謝りに来ました。当時すでに80歳近くてヨボヨボだったのですが深夜特急に乗って長野から大阪まで来たようです。さすがにじいちゃんが来る(一人で)とは思ってなかったので相当びっくりしました。じいちゃんは時々こういう突拍子もない行動をとります。それが僕にも受け継がれ急に会社を辞めてシリコンバレーに行ってしまうあたり、やはりじいちゃんの血を継いでるんでしょう。 あとはじいちゃんはとんでもなく運がいいんですが、じいちゃんは元々5人兄弟で3人が戦争で亡くなり、1人は病死し、たった一人だけ生き残ってます。なのでじいちゃんは21歳で天涯孤独になったのですがそこから家庭を築き4人も子供を育て孫も10人も出来ました。そして63歳の時に心筋梗塞を起こし、死にかけたのですが働いていた学校で倒れ、たまたまその学校の目の前が総合病院ですぐに運ばれ九死に一生を得ました。そしてその後88歳までしぶとく生きました。やっぱり人は死にかける経験をすると逆に長生きするもんですね。僕もそんなじいちゃんの運の良さを引き継ぎ大きめの病気をしましたがしぶとく生きてますし、会社も何回か潰れかけましたが何とか運だけでやってこれてます。
実を言うとグッドパッチもじいちゃんがいなかったらなくなってたかもしれません。グッドパッチは前にブログにも書いた通りばあちゃんが僕の為に預金してくれていたお金が元手で起業したのですが、起業して1年間はまともな給料が出なくて家族もいるので生活にかなり困るレベルだったんです。そんな苦しい時にじいちゃんが生活費の足しにと毎月お金を少しだけ援助してくれていたのです。これがなかったら起業して食えない時代を乗り切ることは出来ませんでした。やっと今年に入ってまともな給料をもらえるようになりじいちゃんからの援助もいらなくなったのですが、そうしたらじいちゃんはまるで役目を終えたかのように亡くなりました。こうなるとやはり何か考えてしまいますね。
というようにグッドパッチは僕のじいちゃんとばあちゃんによって守られた会社なのです。じいちゃん子でもばあちゃん子でもなく、ずっとケンカばかりしてましたがやはり孫を守ってくれていたんだなと感じずにはいられません。僕ができるじいちゃんへの恩返しはグッドパッチをもっと大きくして、じいちゃんが名付けてくれたこの「尚史」という名前を世界に名を残す名前にすることがじいちゃんへの恩返しかなと思っています。
じいちゃん、天から見守ってて。安らかに。